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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1205号 判決

控訴人 田中ひら 外五名

被控訴人 大阪市東住吉区東部農業委員会 外一名

主文

原判決中控訴人水野かず、同水野恒夫、同井上正子に関する部分を取り消し、右控訴人三名に関する本件訴訟を大阪地方裁判所に差し戻す。

控訴人田中ひら、同田中好嗣、同田中慶子の本件控訴を棄却する。

控訴人田中ひら、同田中好嗣、同田中慶子の控訴費用は右控訴人三名の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。本件を大阪地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、控訴人の方で、甲第一号証を提出し、当審証人矢倉孝太郎の証言、当審における控訴人田中ひら、水野かず、各本人尋問の結果を援用し、被控訴人の方で、甲第一号証の成立を認めると述べた外、

いずれも原判決事実記載(但し、「矢倉幸太郎」とあるのは、「矢倉孝太郎」の誤記であるから訂正する。)のとおりであるからこれを引用する。

理由

原審で原告であつた田中通治は昭和二七年一一月一五日死亡し、控除人田中三名がその相続人となり、また原審で原告であつた水野慶次は昭和二五年一月一六日死亡し、控訴人水野両名、同井上正子がその相続人となつたこと、(1) 田中通治名義昭和二八年五月二〇日付訴の取下書(記録六二三丁)が同年六月九日原裁判所に提出されていること、(2) 控訴人田中三名名義の同年一二月二〇日付訴の取下書(記録七五四丁)が同月二六日原裁判所に提出されていること、(3) 水野慶次名義同年四月二〇日付訴の取下書(記録六一四丁)が同年五月七日原裁判所に提出されていること及び(4) 同人名義同年五月二〇日付訴の取下書(記録六二一丁)が同年六月九日原裁判所に提出されていることは当事者間に争がない。

控訴人は、(1) (3) (4) の取下書は、田中通治又は水野慶次の死亡後その死者名義で作成せられたものであるから、その文書自体無効であり、訴の取下はその効力を生じないと主張するけれども、田中通治、水野慶次には訴訟代理人があつたためその死亡によつては訴訟手続は中断せず、従つて訴訟手続は、田中通治の名においてその真実の相続人であることの当事者間に争のない控訴人田中三名のため、また水野慶次の名においてその真実の相続人であることの当事者間に争のない控訴人水野両名及び控訴人井上正子のため、そのまま進行せられたものであることが記録上明白である。そうすると、たとえその作成名義が既に死亡した控訴人等の先代名義であつたとしても、その相続人である控訴人等の意思に基くものであるならば、訴の取下は無効のものということはできない。

原審及び当審証人矢倉孝太郎の証言、原審における控訴人水野恒夫本人尋問の結果当審における控訴人水野かず本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人田中ひら本人尋問の結果の一部を総合すると、被控訴委員会の書記長であつた矢倉孝太郎は同委員会会長から大阪金属工業株式会社関係の土地については大阪府農業委員会の仲介により円満解決したから、関係のある原告に訴の取下書に押印して貰うことを命ぜられ、矢倉は昭和二八年五月二〇日頃控訴人田中三名の住居に行き、右控訴人三名に面談の上その承諾を得て控訴人田中好嗣が(1) の取下書の田中通治名義の署名をし、控訴人田中ひらが押印をした。矢倉は同年四月二〇日頃と同年五月二〇日頃控訴人水野恒夫、同水野かずの住居に行き、控訴人水野恒夫と面談の上それぞれ(3) (4) の取下書の水野慶次名下に押印して貰つたが、矢倉は控訴人水野かず、同井上正子に面談したことなく、控訴人井上正子の住居は他にあつて、控訴人水野恒夫は控訴人水野かず、同井上正子にはかることなく単独でこれをしたものである事実を認めることができる。原審及び当審における控訴人田中ひら本人尋問の結果中認定に反する部分は、原審及び当審証人矢倉孝太郎の証言と比べ合わせると信用することができない。また控訴人水野恒夫は他の共同相続人である控訴人水野かず、同井上正子から委されて本訴の取下書を同人等に代つて作成する権限を持つていた事実を確認するに足りる証拠はない。

右認定によれば、(1) の田中通治名義昭和二八年五月二〇日付訴の取下書は通治の相続人である控訴人田中三名がその意思に基いて本訴を取り下げる意思で作成したものであるから、訴の取下として有効なものといわなければならない。

水野慶次名義の(3) (4) の訴の取下書が原裁判所に提出された昭和二八年五月七日及び同年六月九日当時は未だ控訴人水野かず、同水野恒夫、同井上正子の受継申立書が原裁判所に提出されていなかつたことは記録上明白であるから、当事者が死亡したが訴訟代理人があるため中断せられることなくそのまま進行せられる訴訟手続において、真実の相読人が実体上の当事者であるけれども、訴訟の形態における当事者はもとのままであつて、その相続人が数名あるからといつて直ちに民訴法に定める共同訴訟の規定の適用を受けるものではない。数名の相続人によつて訴訟手続が受継せられた後始めて共同訴訟となるのであるが、受継後の共同訴訟が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき固有の必要的共同訴訟である場合とそうでない場合とを問わず、受継前においては訴の取下は実体上の当事者である数名の真実の相続人全員の意思に基くのでなければその効力を生じないものといわなければならない。何故ならば受継後の共同訴訟が固有の必要的共同訴訟である場合、受継後は共同訴訟人全員でなければ訴の取下をすることができないから、受継前でも実体上の当事者である真実の相続人全員の意思に基かなければ訴の取下をすることができないのはいうまでもなく、受継後の共同訴訟が固有の必要的共同訴訟でない場合、受継後であれば共同訴訟人の一人が訴の取下をしても他の共同訴訟人の訴訟に影響を及ぼさないから各自訴の取下をすることができるが、受継前は数名の相続人が形式上の当事者となつていないので何人が訴の取下をし、何人が取下をしなかつたかを、裁判所に明確にすることが出来ないため各自訴の取下をすることは許されないからである。そうすると、水野慶次名義の(3) の訴取下書も(4) の訴取下書も控訴人水野恒夫一人の意思に基いて作成せられ、控訴人水野かず、同井上正子の意思に基いていないから、(3) (4) の訴の取下書の提出によつてなされた訴の取下は、控訴人のその他の主張について判断するまでもなく、不適法であつてその効力を生じないものといわなければならない。

田中通治名義の(1) の訴取下書が有効であることについてのその他の争点に関する判断は、すべて原判決理由記載と同一であるからこれを引用する。

そうすると、控訴人水野かず、同水野恒夫、同井上正子の本訴は(3) の訴取下書によつても、(4) の訴取下書によつても終了していないから、原判決中右控訴人三名の本訴の取下により終了したものとした部分は不当である。そこで民訴法三八六条によりこれを取り消し、事件についてなお弁論をする必要があるから同法三八九条一項により右控訴人三名に関する本件訴訟を原裁判所に差し戻すこととするが、控訴人田中三名の本訴は、昭和二八年六月九日なされた(1) の訴取下書の提出による訴の取下により終了しているものであり、原判決中これに関する部分は相当であり、控訴人田中三名の本件控訴は理由がないから、同法三八四条一項によりこれを棄却することとし、同控訴人三名の訴訟費用について同法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 坂速雄)

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